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最高裁判所第一小法廷 昭和28年(オ)751号 判決 1960年9月15日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人ら代理人弁護士田中徳一の上告理由第一点、第二点について。

原判決の引用にかかる第一審判決が当事者間に争ない事実及びその挙示する証拠によつて認定できる事実として確定したところは次の如くである。すなわち、日東紡績株式会社は(一)昭和二三年七月八日の株主総会の決議に基く九〇〇〇万円の資本増加に際し、このうち一六八万株(これを第二新株という)につき右総会の決議により同年九月一五日午後四時現在の株主に一株宛一、四株の割合で、(二)昭和二四年一月二六日の株主総会の決議に基く一五〇〇〇万円の資本増加に際しそのうち二四〇万株につき右総会の決議により同年二月二五日午後四時現在の株主に一株宛〇、八株の割合で、(三)同年七月三一日附で認可された企業再建整備計画に基く三〇〇〇〇万円の資本増加に際し全新株につき同年八月三一日午後四時現在の株主に一株宛一株の割合で、それぞれ新株の引受権を与えたこと。上告人ら先代松葉喜助は昭和二三年二月二八日山二証券株式会社に委託して日東紡績株式会社株式一〇〇株を買取り名義人たる被上告人西沢喜太郎の白紙委任状附株式の判示株券の交付を受け、更に同年八月三日小柳証券株式会社に委託して右日東紡績株式会社株式一〇〇株を買取り同月六日名義人たる被上告人大和銀行の白地裏書のある判示株券の交付を受けたのであるが、喜助は前示第二新株につき定められた前示昭和二三年九月一五日午後四時までに右各株式につき自己名義に名義書替手続をすることを失念したこと、然るに前示株式の名義人であつた被上告人等は右第二新株一四〇株宛をそれぞれ引受け払込を了してこれを取得したというのである。

さて、新株引受についての商法の規定は如何というに昭和二五年の改正後のことはともあれ、その改正前は法三四八条四号により定款に定のないときは、新株引受権を与うべき旨及びその権利の内容は株主総会の決議事項とされていたのである。されば、原判示によれば定款に別段の定のあることの主張、立証のない本件においては、前示第二新株は株主総会の決議に基いて発行されたもので、この新株引受権をどんな方法で株主に与えるかは一にその決議の内容によつて定まつたのであるが、前示のとおり、右総会の決議は昭和二三年九月一五日午後四時現在の株主に対し株式一株につき一、四株の割合で新株引受権を与えるというのであり、ここに昭和二三年九月一五日午後四時現在の株主というは、その日時において実質上株主であるか否かを問わず会社が法的な立場において株主として所遇することのできる者、すなわち株主名簿に登録されていて会社に対抗できる株主という意味であることは疑を容れないところであるから、前示のように上告人先代において前示譲受株式について会社に右日時までに名義書替手続をすることを失念し遂にこれをしていなかつたという以上は同人において右株式につき新株引受権を取得するに至らなかつたものであること言をまたないところであり、そして一方前示のとおり右日時に株主名簿に登録されていて右新株を引受け払込を了したという被上告人らはそれぞれ自己の権利として本件株式を取得したものと認めざるを得ない。しかして右のような新株引受権はいわゆる株主の固有権に属するものではなく、前示商法の規定に基き株主総会の決議によつて発生する具体的権利に外ならずかかる具体的権利をどのような方法で株主に与えるやは前示商法に規定がある以上株主総会の任意に決定できるところであるから、その権利の帰属者を前示のように一定日時において株主名簿に登録されている株主と限定することは毫も差支なく会社の処置として固より適法であり、かかる適法な処置があつた以上は上告人ら先代の被上告人らとの間に本件株式について前示のような譲渡行為があつて、被上告人らから上告人先代に対しいわゆる株主権が移転されたからといつて、前示新株引受権もこれに随伴して移転したものと解すべきではない。所論の点に関する原判示は右と同趣旨に帰するものであつて、正当であり、その事実認定及び理論構成において所論違法のかどあるを認められない(なお、実質上株主権を取得した者と親株の名義人とが新株の市場価額の上昇又は低落により互に自己に有利な請求をすることを許すときは、信義則を紊り、取引の安全を害するに至ることのあることは、原判決の是認した第一審判決の判示するとおりである)。そしてしかく結論付けたからといつて、妄りに私権を侵害した悪徳者を保護したものとは云えないから所論違憲の主張は前提を欠くものであり、また所論引用の諸判例は事案を異にし本件に適切のものとは認められない。なお、所論定款六条に云々の点は第一、二審において上告人から毫も主張されず、従つて原判決において認定されていない事実である。所論はひつきようするに叙上に反する独自の所見に座するものであつて、採るを得ない。

同第三点について。

前段説示したとおり、第二新株の引受権を有する者は上告人先代でなく、被上告人らであり、被上告人らは正当に第二新株を取得したのであるから、他人の財産又は労務により利益を得たものでなく、また他人の為め事務管理を始めたものでもないから、不当利得も事務管理も成立する余地がなく、これと同趣旨の判断をした原判決は正当である。また被上告人らが所論云うように、不当利得、事務管理の成立を争わなかつたものとは記録を精査するも到底認められずまた所論各判例は本件に適切のものとは認められない。それ故所論は採用できない。

同第四点について。

しかし、所論乙号各証の各内容を検討してみても、またこれらを綜合してみても、これによつては必ずしも所論商慣習の存在を確認できるものとは認められない。従つて原審が事実認定に関する専権を行使して所論乙号各証の内容に対する自由な評価の下に所論商慣習の存在は全証拠によるも確認することはできないと判示したのは当然であり、しかく判示したからといつて、原審裁判官に所論良心に反する等の事跡あつたものとは云えない。されば所論違憲の主張はその前提を欠き、採るを得ない。

よつて、民訴三九六条、三八四条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

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